3分で分かる、ジョン万次郎の生涯

ジョン万次郎という人物をご存知ですか?管理人は、名前は聞いたことがあったけど、どんなことをした人なのかは、よく知りませんでした。

アメリカの子供たちは、ジョン万次郎の絵本を読んで、クールな日本人という印象を持っているとのこと。彼らといずれ話す日が来るかもしれません。そんな日に備えて、知っておいて損しない知識のお話。


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漂流してアメリカに渡り、帰国して日本開国に貢献した人

  1. 土佐の国、現在の高知県で生まれた万次郎は早くに父を亡くし、漁などを手伝って家計を支えていた。
  2. ある日、漁に出たところ漂流、無人島で5か月あまり生活。アホウドリなどを食べて飢えをしのいでいた。
  3. アメリカの捕鯨船に助けられた。この時の船長さんが、貴賓にあふれた素晴らしい方だった。
  4. 船長さんの勧めで、アメリカで生活をはじめる。船長さんの家に同居。小学生に交じって英語を猛勉強。1年で卒業した後も、航海術その他、船員に必要な勉強をマスターした。
  5. 当時、日本は鎖国中。外国船打ち払い令もあり、捕鯨船が日本に難破した時などは、酷い仕打ちをしており、日本の評判は悪かった。また、万次郎が帰国できなかった理由
  6. 汝の隣人を愛せよとの船長さんの教えをもとに、開国という大きな使命を抱いて(日本も自分と同じように外国人を助けてほしい)、帰国することを決意。
  7. 最初は、琉球王国に入った。交易のあった薩摩、長崎とわたり、土佐の国に帰国して母と対面を果たす。
  8. ペリー来航、開国を迫る内容に、アメリカの実情と英語能力を買われて江戸へ。開国に貢献した。
  9. 渡米し、船長さんとも再会を果たした。
  10. 福澤諭吉らに英語を教えるなどして活躍した。

管理人が好きなNHKの番組、歴史秘話ヒストリア(平成25年11月 6日(水)放送分)で紹介された内容を、かいつまんでいます。

万次郎自身は、貧しいけど好奇心旺盛で捕鯨船でも、言葉を積極的に覚えて捕鯨の手伝いをしていたりもしたそうです。
それと、船長さん(ホイットフィールド船長)との出会いが大きかったようです。見ず知らずの外国人を家に招いて、育ててくれただけでなく、教育まで受けさせてくれたんですね。汝の隣人を愛しなさいという言葉を、心から実行できる人だったようです

ちなみに、ジョン万次郎の子孫と、ホイットフィールドさんの子孫は五代にわたって交流があるとのこと。

昔、三浦綾子さんの「海嶺」という本を読みました。この本の日本人は、確か帰国はかなわなかったと思います。万次郎の苦悩と苦労、そして数奇な運命。それとラッキーさのおかげで、今の日本があるのかもしれません。

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